2009年6月アーカイブ

先の土曜日は、BACとおともだちの○○ちゃんに連れられて水族館にいってきました。
写真はイルカのショーをみているところなんですが、○○ちゃん、これではちっとも見えないんですけれど。。。

水族館をひととおり楽しんだ後は、「いけちゃんとぼく」という映画を観てきました。
BACが実写の邦画をみるのは久しぶりとのこと。「大河の一滴」以来だとか(渋)。

西原さんの作品は読むのも観るのも初めて。
いけちゃんをはじめ、登場人物たちはみな味わい深く、ちょっと泣ける映画でした。

作品中、いけちゃんは不思議な生き物として登場するのだけれど、最後に、そうかぁ・・・と正体が明らかになります。

一方、現実の世界に存在する○○ちゃんは、もちろん生身の人間。
正体は・・・はて?

それよりよっぽど、ボク、コータの方がいけちゃんのように謎めいた存在かもしれませんね。
どこから来て、どこへゆくのか。

ボクにもよくわかりませんが、これだけは言えそうです。


「○○ちゃん、BACと仲良くしてあげてね♪」



今日は毎度のSalon des centで晩ご飯を食べてきた。

マスターはバンド活動もやっていて、作詞作曲も自前でやっている。
新作が出来ると必ず、ICレコーダーに録音したデモを聞かせてくれる。
お店に行く楽しみのひとつだ。

今日聞かせてくれたのは、父の日のプレゼント用につくった曲だった。
当初はそのつもりだったのだけれど、なかなかの出来だったので、ちょっと出し惜しみして、自分の結婚式に披露することにした、と照れながら言うマスターは素敵だ。

上の写真は、BACの祖母、叔母、従姉妹。
去年、祖母の米寿のお祝いのときに撮影したものだ。

祖母は、TKBからはBACの実家よりも近いところに住んでいるので、学生時代からたまに顔を見せに行っていた。(と言っても、ほんとにたまにですが)

そんな折、BACが20代半ばだったとき言われたのは、
「TKBで誰かいい人見つけて結婚しちゃいなさいよ」
ということだった。

それが20代後半には、
「たまには家に帰ってあげなさいよ」
に変わり、

30も過ぎると、
「あんたも3代目なんだよ」
になった。
(祖父は農家の末っ子だったから家を出たので)

別に、BACは家に背を向けている訳ではなく、両親自身の問題に(直接的には)あまり関わりたくないと思っているだけなつもりだけれど、マスターがつくるような歌はBACからはなかなか出てきそうにない。

今月はじめにも祖母に会いに行ったのだが、写真の頃よりもだいぶ体が衰えてきているようで、なんとも心苦しい。



ご無沙汰しています。

写真は、5月に市立図書館前の池のほとりで撮影した見知らぬ人。

先日、BACが同じ場所で同じ格好をしていたら、韓国人の牧師さんが伝道のために話しかけてきました。
BACの姿が悩ましげに見えたんでしょうかね?

なので、ちょっと雑談しました。
BACの年齢を言うと、

「それはイエス様が私たちを救ってくださった歳ですね」

とのこと。
BACはそういう表現はわからないではないけれど、正直に言えば、よくわかりません。 むしろわからないで済むならそれにこしたことはないような気もします。

それはさておき、礼拝後の軽いパーティーにも誘われたので、参加してきました。
礼拝は公民館の一部屋を借りて行っていて、集まっているのは主にアジアからの留学生がほとんどのようです。日本人のTKB大生も何人か招かれて参加していました。

こういう場に出るのは初めてだったので、なかなか新鮮で楽しかったです。
基本的にみんな日本語で話していて、ゴスペルソングも日本語でした。
おもしろかったのは、キテレツ大百科のテーマソングだった「はじめてのチュウ」がゴスペルとして歌われていたことでした。たしかに、そんなふうに歌える歌詞ではあるけれど。

あと気づいたのは、牧師さんのメンタリティーが「日本人にキリスト教を」という想いが色濃かったこと。べつに悪いこととは思わないけれど、日本人にクリスチャンは少ないとはいえ、キリスト教をそれなりに知っている人は多くいる(もちろんそれは、これまでに教えを伝えてきたクリスチャンがいたからでもあるけれど)のだから、あまり思い込みで話さない方がいいのではないかと思いました。
例えば、SMAPの「世界にひとつだけの花」を紹介して、「聖書を読んだこともないのに、なんでこういう歌が創れるんでしょうねぇ」と半分冗談で話していたけれど、作者の槇原敬之さんはたぶん読んだことがあるのではないかな?
槇原オリジナル

また「街で声を掛けても話を聞いてくれる人がなかなかいない」とも言っていたけれど、教会に行く動機のある人や礼拝に意味を感じる人でなければ、なかなか応じてくれないだろうな、と思います。

BACに対しては「主日(日曜日の礼拝)を守ってください」と言われました。
たまにしか行かないとお客さんのようになってしまうから、とのこと。

まあ、教会での話にはときどき、それはちょっとどうかな、と感じることもあるけれど、それを理由にあえて距離をおいているわけではありません。単純に足が向かないことの多い、敬虔さが欠けているだけのことです。
教会の運営に関してなんとなく無責任になってしまっているのは申し訳ないと思います。



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