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新年の豆腐

以前、こんな記事を書いた(読み返さなくてよいです)けれど・・・

先日載せた写真は、大学時代の山仲間の忘年会。

かつて自分は山サークル(ワンゲル)にベースを置いていて、仲間たちとはそういう距離感で会話をしていたと思う。

中学生だった時、ある先生が「学生時代のような友人関係というのは、働くようになると作りにくくなるから大切にした方がいいよ」と言っていたのを思い出す。

そういう場があることは大切なことだという想いがあったからこそ、卒業後もそんな活動に関わったこともあった。
が、結局、身も心も砕け散って、誰に対しても等しく距離をおくようになった。
かつての友人や恋人も、教会の仲間も、茶道の仲間も、職場の仲間も、畑の仲間も、salon des centの常連さんやスタッフも、ネットつながりの仲間も、ご近所さんも、等しく親愛の情はもちつつ彼方の人。

でもそれはむしろ望ましいことのように思う。
同意出来ないことはあるのだから。

久しぶりに会う仲間たちも懐かしくはあるが、彼方の人。

哀れみたくば哀れめ、悪し様に思うならば何とでも言え。
載せたらつぶれる、自分はただの豆腐だ。

コメント (6)

匿名:

親 兄弟以上につきあえる
そんな人 必ずまわりにいます。

しょう:

自分が穏やかにいられる人との距離はそれぞれだよね
みんなと同じがいい、なんてことはないんだし
と、自分にも言いながら。。。

今年もよろしく^^

MIKO:

 感性の豊かな人ほど、また頭脳明晰な人ほど他の人との間に違和感を感じるのだと思います。
 みな、いろいろな人とほどほどに共通性を見つけて、または何かに夢中になることで、孤独を忘れているのではないかしら。
 だから、自分のことただの豆腐だなんて悲しいこと言わないで!
 自分を大事にして下さい。

BAC:

匿名さん
ありがとうございます。
そうかもしれません。
実際、親しい友達はいます。
でも、それが過ぎた甘えになってしまうのもいやだな、と思います。

しょうさん
ありがとう。
確かに距離感は選んで決まるのではなく、自ずと決まるものかもしれませんね。
今年もよろしく^^

MIKOさん
ありがとうございます。
あまりストレートに受け取られても困るのですが、絹ごし豆腐を扱うように、本年もよろしくお願いします。

Tomy Ritchie:

幼少時代は他人に期待をしすぎて、裏切られた気持ちになったことが多々ありました。大人になり、他人に過度な期待は持たなくなりました。そうすると、心穏やかに関係を続けられるようになった気がします。それでも、自分と人との距離感のバランスを保つのはいまだに難しく感じることも多いです。

BAC:

Tomy Ritchieさん
なるほど。
裏切られたというように感じたことはあまりないですが、一度近づいた距離が遠ざかると、そのように感じてしまうものですよね。

意図的に関係を絶ったり、貶めたりするならば、それはある意味裏切りかもしれないけれど・・・。

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