about "BAC"

come with me !

RSS feed etc.

偶然を廃棄せよ!

log in

Creative Commons License

« 満月が近づく前に | メイン | ヤツガタケ »

shizennoh

nohfu

自然農といわれるものを始めて、3シーズン目。

今年は新しい土地を開拓したということもあって、育つもの、育たないものの差が激しかった。

BACの畑で比較的うまくいったのは、オクラ、二十日大根、人参、ネギ、落花生(まだ収穫していないので最終的にはどうなるかわからない)。その他は軒並み育ちが悪く、収穫に至らないものも多かった。

ninjin1

rakkaseinoha

okuranoki

管理人の「雑草屋」さんも少し悩んでいるみたいだ。

農業は土作りが大事、といわれるけれど、自然農のやりかたでは、その土地まかせ。雑草を自然の堆肥として土地に微生物を育み、それらによって栄養素が土地に固定されることだけを頼みにしている。当然、その土地の生態系に沿わない作物は、あまりよく育たない。なにより、慣行農法のように化成肥料をやる場合と比べて、必須の栄養素が圧倒的に少ない。

でも、そのようなやり方に対して、BACはそれなりの合理性を感じて、面白さを見いだしている。

慣行農法では、雑草は栄養分を奪ったり、作物の生育を阻害するものとして嫌われるけれど、それは慣行農法の観点からすればそうなのだけれど、殊、自然農のやりかたから観れば、土地を肥やしたり、地温を保ったり、作物に対する病害虫の大発生を抑えたりと、益となる役割も少なからず担っている。

益と害。生物というのは、その平衡のもとで生きているのだということを観察して、それを楽しんでいるのかもしれない。

ところで、「自然農」ってなんぞや。

福岡正信さんの「自然農法」と、川口由一さんの「自然農」の間でも、考え方が違うように思う。

BACの理解では、前者は「育つものが自ずと育つ」、後者は「必要以上に手を加えずとも、作物は自ずと育つ」という思想あるいは事実の表現ということ。前者は収穫することは度外視しているのに対して、後者は収穫することは念頭に置いていて、必要な手を加えることには寛容。そして両者に共通するのは、人も自然の恵みと一体で生きているのだということを、表現している事。
それに伴ってと言っていいのかわからないけれど、「農業」から、人の「業」を無化して自然に一体化させる意志を両者に感じる。「業=エゴ」とみなして。

でも、農耕というのは狩猟採集とは根本的に異なっていて、人のエゴとは切っても切りはなせないものではないか。農耕が、人の育てたい物を育てるという特徴をもっているという点において。また、もっといえば、農耕に限らず狩猟採集だって、人のエゴとは切り離せない。生きるために必要なものを得る、という点において。

BACが思うに、釈迦にせよイエスにせよ、エゴがなかったかと言えばどうか??と思う。そうではなくて、エゴに身を委ねて破滅に導くことを問題視したのではないのか。そして、エゴから自由であれと説いた。
エゴは必ずしも否定しなければならないものではないし、必要なものを得るために必要な手をかけることは、むしろ自然なのではないか。植物や動物もそうやって生きている。

BACはあえて名付けるなら、そんな自由農をやりたいのかもしれない。

育つものが育てばよいというだけならいざ知らず、作物を育てるためには人の愛情が必要。
いろいろな人の畑をみて、畑の主体は人だという事もよくわかった。
もちろん、自然の恵み(太陽や水、生態系)が大前提だけど。

 

全然話は変わるけれど、自給自足ってなんじゃらほいと思う。

BACの身の回りにあるもの、食べるもののほとんど全ては、他の人がつくったもので、それは分業によって成立している。BACもなにか仕事をすることによって対価を得て、それと交換することによって、手に入れている。自分に外での労働力としての価値がなければ、自分で作らなければならないし、自分で作れなければあきらめるしかない。

と考えたとき、自分でなにが作れるのだろうかと思いめぐらす。

種がなかったらどうする、化成肥料がなかったらどうする、とか。

最終的には、自分が動けなくなったらどうする、となる。

うーん・・・。

それはそれで、示唆するところがある気もするけれど、日頃は○○があったら、○○ができたらどうする、というように、建設的に考えたいものだ。

さて、来期はBACの畑、どうしようかな!

コメント (5)

rose:

そのたくさん採れた愛情注いだ
ニンジンさんたちのお味はいかがでしたか?
どんなお料理に合うのですか?
農業のやり方より、味とかに興味あるんですけど…

慣行農法の味とはどこがどう違うの?
甘いの?旨いの?是非聞かせてください。
てか、宅急便で送ってくれる?(嘘)


K:

農耕というのは人類にとって思索の出発点なのであろうか?

BAC:

roseさん
味はややつよくて、癖があるかも。豚汁で食べたからあまりうまく表現できないなぁ。

Kくん
そうかもしれないね。
福音書の譬え話なんかも畑ネタ多いし。
畑でいろいろ観察していると、いろいろ思うところあって、おもしろいよ。
そのおもしろさも、科学的な知識や、既にある思索、イメージなどとあいまって深まるのだろうね。

MIKO:

 自然農と思索。やっとbac君らしいブログが戻ってきましたね。
 ところで3番目の写真は「おくら」ですか?「おくら」って上を向いて実るのですね。面白い!
 毎週1回配達される有機・減農薬野菜に「おくら」が入ってくることがあるのですが、つい食べ損なってしまいます。どのように食べるとおいしいのかしら?

BAC:

MIKOさん
自然農と思索が「らしい」ですか?
そうかなぁ??

おくらはさっと火が通るくらいで食べるのがおいしいと思います。スープの具でも良いし、刻んでかるく味付けして食べてもいいと思います。

上向きに実のつくもの、けっこうありますよ。空豆とか、モロヘイヤのさやとか。

コメントを投稿