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小さな「箱」

いわゆる自己啓発本を買うことはほとんどないBACですが、書評を読んでちょっと興味をもったので、買ってしまいました。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
hako

タイトルだけ読むと、「自分の殻に閉じこもった状態を打ち破るためのポジティブシンキングの勧め」、みたいな印象を受けるけれど、そのような安易な内容の本ではありませんでした。

本の構成は、主人公と、勤めている会社の上司の間の対話が中心になっているのですが、ちょっとした小説の趣もあります。
主人公はそれなりに仕事が出来る人で、これからの出世が期待されている人物という設定です。しかしながら、これまでのところ部下との信頼関係を築くことに失敗していて、本人はその原因を正しく理解していません。そこでみかねた上司が、懇切丁寧にその問題点を指摘し本人の自覚を促す、という展開です。
さらに、この主人公は家庭内でも問題を抱えていているのですが、一見まったく異なるそれらの問題が、実は同じところに原因の根をもっているのだということが明らかにされていきます。最終的には、主人公は苦しみながらも自らの非を認めて、事態が良い方向に向かいつつあるところで、お話は終ります。 BACは、登場人物である上司の指摘に、逐一考えさせられてしまいました。

では、引用をしつつ、もう少し本の内容について書いてみます。l

皆さんの周りには、「嘘で塗り固めた人」と表現するのがぴったりなイメージの人っていませんか?それがこの本で言うところの「箱に入った人」にあたります。
「嘘で塗り固めた人」のことを、この本では次のように定式化しています。

自分への裏切り 

  1. 自分が他の人のためにすべきだと感じたことに背く行動を自分への裏切りと呼ぶ。
  2. いったん自分感情に背くと、周りの世界を、自分への裏切りを正当化する視点からみるようになる。
  3. 周りの世界を自分を正当化する視点から見るようになると、現実を見る目がゆがめられる。(これを箱に入った状態と表現する)
  4. つまり、人は自分の感情に背いたときに、箱に入る。
  5. ときが経つにつれ、いくつかの箱を自分の性格とみなすようになり、それを持ち歩くようになる。
  6. 自分が箱の中にいることによって、他の人たちをも箱の中に入れてしまう。
  7. 箱の中にいると、互いに相手を手ひどく扱い、互いに自分を正当化する。
  8. つまり、共謀して互いに箱の中にいる口実を与えあう。

このように書いてみると、思い当たるフシがありませんか?

例えば、職場であいつはこういうところがどうしようもない、と陰口を言ったり、他の人が陰で自分のことを悪し様に言っているのを耳にして、「自分はちゃんとやっている!」と声高に(あるいは内心)叫んでみたり・・・。
BACのいる業界というのは、常に実績が問われているので、こういう状況がこれまでに幾度もありました。

もうひとつ、本の中から引用します。

箱の中にいるときに、しても無駄なこと

  1. 相手を変えようとすること
  2. 相手と全力で張り合うこと
  3. その状況から離れること
  4. コミュニケーションを取ろうとすること
  5. 新しいテクニックを使おうとすること
  6. 自分の行動を変えようとすること

嘘で塗り固めた人の正論が心に響かない理由。・・・結局のところ、それが自分を正当化するための言葉だから。

後ろの引用の6番では、自分の行動を変えようとすることも無駄、と言い切っています。補足すると、それは、表面的に行動を変えても無駄、ということです。
本書の結論は、前の引用の1番に立ち返って、自分が裏切っている事柄を自覚し、その裏切り自体を改善しなければならない、ということです。

人は、折にふれて、自分はちゃんとやっている、と自己弁護しがちだけれど、それは真っ赤な嘘。
何故なら、人はパーフェクトではないので、原理的に自分を完全に肯定することはできないから。

これはBAC自身も耳が痛いところ。自分自身に対する裏切りに目をつぶっていることが多々あるし、それを指摘されたとしても素直に認めることがなかなかできない・・・。

ちょっとこの本の主張からはずれるけれど、BACは聖書の中でひとつとても印象に残っている言葉があります。

マタイによる福音書5章33-37
また昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果たせ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。天をさして誓うな、そこは神の御座であるから。また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。また、自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一すじさえ、白くも黒くもすることができない。あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。それ以上に出ることは、悪から来るのである。


ものごとも自分自身も、必ずしも自分の意のままになるわけではないから、誓いなど立てれば、いつしかそれが嘘になってしまうことを示唆しているのでしょう。
BACの場合、自分が誓いを立てられるような人間ではないことはすでに十分に自覚しています。むしろ、絶望しかけているくらいです。
とはいえ、自分を変えていく努力を怠ることもまた、惨めな嘘に染まっていく始まりなんですよね・・・。

コメント (2)

K:

なるほどね〜

BAC:

Kくん
なにがなるほど??

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