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へんなひと

一つ前の記事で、「へんな人」と書いた。

ここでいう「へんな人」って、どんな人か?

BACは、こう表現したい。
「自らの願望が満たされなかったことにより生じた、ネガティブな感情(ルサンチマン)を隠れた動機としている人」のこと、と。

以前勤めていた会社がどうであったか?
また、自分自身がどうか?

100%そうではない、とはいいきれないのが苦しいところ。

人は、へんな人を避ける。
そのようなへんな人は、自分のネガティブな感情を正当化するために、他人を犠牲にするから。
BACはへんな人を積極的に避けることを薦めるつもりはないけれど、人の心理的には自然な反応だと思う。

もし、自分や自分たちがへんな人だと思われているのだとしたら、反発するのではなく自らを省みなければならないと思う。

自分を騙すことによって、人を傷つけたくないのなら。

コメント (6)

toriko:

むむ、耳に痛い。
世の中すべての人にスイマセンだよ・・・

BAC:

torikoさん
torikoさんでもそうですか?
BACは「世の中全ての人にスイマセン」とまで思ったことはないですけれど・・・いわゆる「罪深い」というのはそういうことなんでしょうか?
自分で書いておきながら質問です。

のち子:

へんな人って、周囲と何かが違っていて、人はそれが自分に害があると悟ると避けるようになるんだと思います。
逆に言うと、違う部分が人に害を与えなければ、それは個性だと捕らえてもいいんだと思います。
のち子は何もかもみんなと同じって、つまらないと思いますよ(笑)

BAC:

のち子さん
コメントありがとうございます。
個性、もちろんあっていいと思います。人は個性を価値に変えて、生きる糧を得ています。BACが実験をして給料もらっているのも、そういうことです。
それはそれでいいと思います。
会社であれば、ある価値をつくる事によって、利益を得るわけですから、それに即した能力を持つ人を採用する。
妥当なことだと思います。

ただ、人は自分の中の価値に即してものをみてしまいがちだけれど、それによって人を貶めるようなことがあってはよくない。だから、個性にこだわりすぎるのも、考え物かなと思うわけです。

何を持って「害」の判定をするか。
根本は「人を人扱いしているかどうか」ということなのだと思います。

人は自分の思い通りにいかないと、自分を保つためになんらかの価値に身をゆだねて、他を貶めがちなものだけれど、それは「害」に他ならないのではないか。

だから、このように書いている自分はどうか、ということも絶えず確認しなければいけないよね、ということを言いたかったのです。

toriko:

上記のBACのコメント、私は同感です。

へんな人と世間の好例として
楳図かずお邸をあげたい。
お家の外壁を赤白ボーダーにしようとしたら、
ご近所さんから苦情騒動があったアレです。

テレビでみたら、
楳図「自分の家の外壁くらい好みにしたい」
近所「美的感覚を乱される」
なんて、いってました。攻撃的。

結局強行しちゃって、
ボーダーハウスができました。
このあいだ発見しましたよ。
現物を見ると、傍目には
争うほど重大に思えないものでした。

私も自分の好みはうるさい方なので
楳図かずお邸事件は他人事ではないですね。
知らず知らずに同様のことをしていないか
ちょっと怖ろしいところです。

BAC:

torikoさん
なるほど。
ささいなことだけれど、好例ですね。とてもわかりやすいです。
やはり、身近なところから、考えていきたいですね^^

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