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Culture

培地(medium)を使って微生物や細胞を育てることを培養(culture)といいます。

細胞培養の場合、mediumの中には、糖、アミノ酸、脂質、ビタミン、塩が入っています。
特に必要最小限の栄養素が入ったものをminimum essential mediumといいます。
通常これに抗生物質やホルモン(血清)を添加して用います。
培養皿に入れた培地の中で細胞を培養すると、その種類にもよりますが、どんどん増殖するので、定期的に一部を捨てます。
また、栄養素が消費されるので、培地の交換も行ないます。
これを継代といいます。

 

ところで、人間の世界でcultureといえば、文化とか教養を指しますよね。 

現代の日本は「権利・義務の平等の下、活用できるものは可能な限り効率よく利用し、新しいものを創ろう」という文化なのだと感じます。
BACはそれに対して、さほど異を唱えるつもりはありません。
ただ、「清貧を追求する」・・・それが目的ではないけれど、時にはminimum essentialとはなんであろうか?と考えてみるのも大事なことだと思います。
「健康で文化的な最低限度の生活」って何よ?と。

某政党は「生活が第一」というスローガンを掲げていたけれど、それだけでは意味を成さない。「人が生きるとはどういうことで、そのために必要なものとは何か?」という問いと答えはどこにあるのか。
「自然農」はそんなことを考えてみるきっかけにはなると思っています。
また、それが農園の主、小松さんの願いでもあると理解しています。

ところで、以前の記事で「継ぐべき家なんてない」と書きました。
とは言うものの、ここ2ヶ月BACが下宿しているのは現在は老人ホームにいる父方の祖母の家。
その文化、教養に直に接しています。
清潔に保たれ、暖をとることができる部屋があり、2世帯住宅の2階からは叔父夫婦と従兄弟の笑い声が聞こえてきます。
BACの使っているベッドは祖母が使っていたもので、その枕元には曾祖父母と思しき人たちの古びた写真が飾られています。
なんでも自分で作ることが好きだった、一昨年亡くなった祖父の手による家具がたくさんあり、仏壇に毎朝手を合わせる叔父がいる。

素敵な家だと思います。

でもBACはこうも思います。

一番えらいのは、必要最低限のものも十分に得られない中、本当に生きた(生き残った)人なのではないか、と。

だからというわけでもないけれど、BACが死にそうに(比喩)なっていたときに、助けてくれた人(達)に、それが誰であろうと、心から感謝します。

この記事を書いたのは、1週間前なのだけれど、週の半ばでアップロードするつもりが遅くなってしまいました。

web log とはいうけれど、書いたものはすぐに古くなってしまうもので、こうして遅れて公開するのは違和感があります。

見たものを噛み砕いて飲み込んで、忘れる。

それがこのブログのコンセプトでもあるのだし、それでいいのだけれど。

時は流れていきますね。
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コメント (2)

匿名:

富士山にほど近く、ある岩場があります。岩登りをする人々がそこには集まり、そして少しの過ちで重力に逆らいきれず、亡くなられた方々も多くいます。頂上には、遺された人々の手による慰霊碑が林立しています。

「この門をくぐる者は一切の望みを捨てよ」ある慰霊碑に刻まれた言葉です。確か西洋の古典の一節だと記憶しています。岩を登り切った僕は、その碑を見るのが本当に怖かった。だからこそ、今も冷たい風に晒されているであろうその碑の言葉を、鮮明に覚えています。「この門をくぐる者は一切の望みを捨てよ」

いつかはくぐる地獄の門を見据えて、僕らが抱く望みとは何か。慌ただしい日々で、つい考えることを忘れる僕ですが、それでも考えることを躊躇しない君を、さすがだと思います。

いつか、また会うときもあるでしょう。でも、それまでは現実を噛み砕いて寄せる思いを遠くから見守らせてください。よき思索の日々を。

BAC:

コメント遅くなり失礼しました。

富士山が威容を示し、自衛隊の演習による空砲が鳴り響く岩場がありますね。

学生時代、訓練が目的でそこに何度か行きました。

その訓練中、少々おかしな登り方をしたため、誤って、まっさかさまに3メートルほど転落したことがあります。
命綱をつけていたおかげで、大事には至らなかったのですが、あと1メートル余分に落下していたら、命が危うかったです。
ロープで腕をこすってやけどした跡は今も残っています。
それなのに、そのときロープで確保していてくれたのが誰だったのか、よく思い出せないのです。そのことに気付いたときは愕然としました。

「この門をくぐる者は一切の望みを捨てよ」

その言葉、銘記します。

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