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サイファ

サイファ 覚醒せよ! 宮台真司、速水由紀子/著

宮台真司さんの著作、初めて読んでみました。

この作品で表現されている内容は、現在の筆者の立ち位置ともつながりが深いと思ったので、一読してみるのは悪くないと思います。

ひとつ印象に残ったこととして、人の帰属意識のありかたについて、筆者が区分している概念について書き留めます。

次のように4つに区分しているようです。

  1. 誕生してから子供時代にかけて周りにいる人たちによってつくられる、自分では選べない集団における自分。「一次集団」に対する帰属。
  2. 会社、政治党派、宗教団体、各種サークルなどの、自分で選ぶことの出来る「アソシエーション」や「コミュニティ」の一員としての自分。「二次集団」に対する帰属。
  3. 「二次集団を選びうる主体としての自分が存在する」という意識そのもの。一般に「アイデンティティ」と呼ばれるもの。
  4. アイデンティティの一つのあり方。


本書では、4について説明しています。
4においては、自分の意識が世界を形作っている、ということを自覚している点から、近年俗に言う「セカイ系」という言葉が生まれたようです。
BACなりに端的に表現するならば、4とは「自分という存在による問いであり答え」となるでしょうか。
例えば、私は「クリスチャン」とは、神とは愛である、ということを自身により証明しようとする人の事だと理解しています。これは帰属集団を指すものではないので、4に相当するのでしょう。

ところで、この区分に従ったとすれば、「国」とはどれに当たるのでしょうか?
おそらく、1に相当するはずです。成人してやめることも可能かもしれないけれど、多くの人は生まれた国の人であり続けることでしょう。なおかつその人が4であるならば、その国の人間として自分はどうあるか、という問いに終生答え続けなければならないでしょう。
「家」はどうでしょう?
これも1だけれど、継ぐべくして家を継ぐ人、あまり恵みのない家庭として見限る人、多様だと思います。
私にとっては「継ぐべき家」はない(と思っている)けれど、世話になった(なっている)両親や親戚はいるので、その人たちとどのように関っていくかということは、やはり終生の課題なのでしょうね。

本書の内容とは少しずれるけれど、そのようなことを少し考えました。