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エゴイス豚

中学校の頃、美術の教科書に載っていた一枚のポスターが妙に印象に残っている。

電車の席に、スネ夫くんのママタイプのおばさんが大股広げて居座っており、手荷物を座席に載せている。
容姿は豚をデフォルメして描かれており、「エゴイス豚」と一言書かれている。

当時、「エゴイスト」という言葉を私は知らなかった。

マタイによる福音書十六章15-20
そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。


聖書のこの場面、ジーザスがペテロの行いが御心にかなったものであることを証しているワケだけれど・・・。

BAC的解釈では、地上=エゴ、天=エゴ以外のもの、という定義になる。
つまり、エゴとは何かがわかって解決できれば、演繹的に(論理的必然性により)天についても理解できるでしょう、という意味。

この場面、次のように結ばれる。
そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた。

要するに、「誰がキリストか?というのはナンセンスな問いであって、天について理解したとき、自ずとキリストとは何かということを知っているだろう」ということをジーザスは言いたかったのだと思うわけです。

で、結局、「エゴとは何か?」という問いに戻るわけですが、私には難しくてよくわかりませ~~~~~~~~ん。