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大きな物語

「動物化するポストモダン」、東浩紀/著

を読んだ。

ポストモダンとは何か。モダン=近代、つまり、近代以降ということ。

著者によれば、近代を特徴付けるのは、「表層の奥にある大きな物語の存在」である。

そして、ポストモダンとは「大きな物語の凋落」した時代であるとする。その形態は「スノビズム」、あるいは「動物化」をとるという。

スノビズムとは、与えられた環境を否定する実質的理由が何もないにもかかわらず、「形式化された価値に基づいて」それを否定する行動様式だそうだ。さらにそれは「シニシズム」という発展形をもち、スノビズムが嘘であることを知りつつも、信じるふりをする、もしくは愛でる、という行動様式であるという。例えば、新興宗教やイデオロギーの信者の一部にそれがみられるという。特に著者が本書の中で具体例を挙げているのが、「オタク」の行動様式だ。

さらに著者は論を進める。現代日本ではスノビズムから動物化へと進行していると。著者は表層の欲求を即物的に満たすことを動物的、表層の奥にある物語に共感することをもって人間的、と定義する。ところが、現代では、データベースの構造にみられるように、表層の奥にあるものは、大きな非物語であることが要求されるようになってしまった。物語がない以上、人々は自分に都合のよいものを表層に引き上げ、欲求を満足させる。そのような傾向は今後ますます進行してゆくであろうと、著者は分析する。

 

なるほど、確かにそういう見方は出来るし、そういう存在の形態もあるのだろう。

しかし、私は大きな物語が死んだとは思っていない。方法論や固定観念に基づいた物語は終わったと思うが、真理を志向するという物語は決して死なないと思う。私は小さなベンチャー企業に勤めているが、その経営者たちは、それが大事であることを理解しているし、それがなければ事業が成立しないことも知っている。 機能しているコミュニティーには、相互の信頼があり、愛がある。