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大人になろうよ

宮台真司さんのブログにいじめの構造について分析した、こんな記事があった。 

複雑にとらえ過ぎじゃないだろうか。

私の理解では、子供と大人とではコミュニケーションの流儀が違う。
子供は同調することによって会話する。話題を、感覚を、その場の空気を共有することによってコミュニケーションする。たとえば、テレビ番組や、芸能人につ いて話したり、スポーツやお笑いネタで共感することによってコミュニケーションを図る。理由はいろいろあるだろうが、そこから意図的に疎外させるのがいじ めの初期段階。

一方、大人になるにつれて、コミュニケーションというのはそれだけではうまくゆかないことがわかってくる。なぜなら、ひとそれぞれ多様に考え、感じていると いうことを深く理解しだすから。皆、異なった背景の中で育ち、違う能力の個性を持ち、各々の問題を抱え、さまざまな未来を見て生きていることに思い当たる。だから必 然的に、自分自身を語り、また他人のことを理解するための会話の方法を身に付ける必要性に迫られる。

一般的には、それは思春期頃に気付くことなのではないだろうか。それに気付けないと、逆にいじめの対象になったりもする。

私の場合、小学生の頃から学校のクラスになじむというのがどうも苦手で苦しみもしたのだけれど、一生懸命周りに馴染むための努力をしていた。だけ ど、高校2年生になったある日、それに限界があることを悟り、きっぱりと見切りをつけた。大学の3年間くらいは後者の方法に磨きをかけることに腐心してい たといってもいい。もちろん、そこにもまた別の葛藤があった。自分自身を表現するにも、たいした中身があるわけではないから。自分とは一体なんだ、という自問自答が常にあったと思う。いわゆる自分探しというやつである。そのようにして作られた自分なんてものには、実は 大した価値がないこともわかってくるものだけれど、その過程で得られる自分を説明する能力には力があると思う。何様でもない自分を受け止めて、きちんと説 明できるようになると、はじめて自分を必要以上に卑下することなく、高ぶらず、他人に対して真っ直ぐに向き合うことができるようになるものではないか。

宮台さんはいじめの構造について小難しく分析しているけれど、とどのつまりは、中学、高校生くらいの子というのは、自己が確立していないから不安定なのだと思う。

 

ま、いい年した大人で、そういう人もいるけれど、それは勘弁してほしいかな。。。

コメント (2)

Tomy Ritchie:

はじめてコメントさせていただきます。

いじめとかコミュニケーションというテーマについては私もよく考えます。

人はお互いに同調できる面を発見すると急激に距離が縮まりますが、逆に共通する部分が見つからないと場合によっては疎外されてしまいます。

これ以外にも、意識的・無意識的に振舞われる良くも悪くも個性的な行動や態度、また個性的な発言内容や言動が見られる人がいじめの対象になるように思います。

集団に馴染ませることと、自分の世界を追及することの間で、どうしても葛藤は生じますね。

BAC:

Tomy Ritchieさん

コメント、ありがとうございます!
コミュニケーションというのは生涯続いていくことですからね、いろいろ考えますよね^^
私は「集団に馴染ませる」というのが、だんだん困難になってきているのを感じます。経験値とは裏腹に、順応性というのは、悲しいかな、だんだん低下していく気がします。いやでも、自分の世界にはまっていくというか・・・。
というわけで、そのようにならないよう、これからも仲良くしてくださいね!
(m_ _)m)))ペコリ)

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