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救世主入門

ちょっと前のエントリーで、しょうさんが、「救世主入門」について触れたコメントを

くださった。

これ、何かというと、リチャード・バックの「イリュージョン」という小説の中に出てくる

一冊の本だ。こちらのサイトに本文が載っている(ちょっと違法の香りがするけど)。 

 

おもしろそうでしょ?・・・おもしろいよ。

 

現在、村上龍さん訳は絶版なので、興味のある方はこちらをどうぞ。 

リチャード・バックは「ONE」という作品も書いていて、こちらもなかなかよい。

この「ONE」という言葉にも実は「救世主」というニュアンスがあるそうな。

雑学だけれど、映画「マトリックス」で、キアヌ・リーブスが演じたのは「NEO」だったけど、

これは「ONE」のアナグラムだとか。

 

さらに話が逸れるけれど、これを書きながら、検索をかけたらこんなサイトを見つけた。

私はこういうマニアックな謎解きにはあまり興味はないのだけれど、 「MOBIL」

にちょっとドキリ。以前からこの映画のこの場所が、自分の中でひっかかっていたのだ

けれど、そういう意味があったのね・・・。

私は昔から、何かが足りないとよくいわれるんだけれど、はてさて。

これも戯言だけど、最近わりとよく聴くJohann Sebastian Bachといい、Richard Bachといい、

BAC+hなんだよね。あはは。

 

さらに検索していたら、"Illusions"が映画化される気配があるようだ。

 

 さて、話をもとに戻すと、この本の感想はもう一度読み返してから書くとして、

「救世主入門」の教育に関する言葉を読んで、ちょっと他愛もないことを思いついたので、

書き留めておきたい。

 

学習は、すでに知られていることを見つけ出すこと。

行為は、学習の証明。

教育とは、非教育者に、君らも教育者と同じ程度のことを知っているのだと気付かせること。

 

 これに一筆書き加えてみたい。

「学問とは、物事の因果関係を明らかにして、学習しやすいように体裁を整えること」

 

どうだろうか? 

コメント (2)

しょう:

巨匠-hのBACさん、素敵なエントリーありがとうございます

「ONE」も「かもめのジョナサン」も大切な一冊です

「これから先ずっと、この世界で幸福に生きることを命ずる」に応えるには・・・、と中学生の私は真剣に考えていたものでした(遠い目^^;
十代の時に触れたものは、書物に限らず、どこかみずみずしく残っています

真に「学ぶ」というのは、行為のその先にあるのでしょうか
ふと、そんなことを思いました

教育といえば、ソ連の教育学者A.S.マカレンコはその本質を「明日の喜びを育てること」だと言っています。そして、「人間に対するできる限りの尊敬と要求」である、と(言い回しが正確かは記憶に自信なし・・・

これもまた、心に留まるだけの重さをもった言葉だと思いませんか

BAC:

しょうさん
話題を膨らませようと思えば、大きく膨らませることができるであろう素晴らしい本なのに、アホな記事にしてしまって、失礼しました(;*゜▽゜)汗)

喜びの中で生きることを知るためには、人間に対する尊敬の心がなければ不可能なのではないかな、と思います。それに気付かせるのが本来的な教育の意味なのでしょう。そしてそれは教育者の生き様によってのみ、その可能性が示されうるように感じられます。

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