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愛の連鎖

以前の記事で、生物学のセントラルドグマとは、キリスト教のどんな
教えを模したものか、という問いを投げました。

皆さん、少しは考えてみましたか?
BACの主観では、キリスト教の筋書きはおよそ以下のとおりです。

・配役
DNA;これは全ての人間の雛形である神様。
RNA;DNA(神様)を模して造られた、人の子(キリスト)。
タンパク質;RNAをもとにつくられる、隣人たち。

・あらすじ
紀元0世紀、神様は愛によって、人の子をこの世に送り出しました。
その名はイエス(キリスト)。彼は、神様の愛を受けてこの世に誕生
しました。神様の愛を一身に受けて育ったその人は、あるとき、真理に
拠って生きることを理解したのです。
「真理=(すなわち)=神様は全ての人を愛している」ということです。
イエスはこれを宣べ伝えなければならないということを悟ったのです。

人の子は、頑張りました。隣人たちを愛することによって、次々に愛の
伝道師を育ててゆきました。このポジティブフィードバックは尋常では
ありませんでした。人に愛された人々は、同様に神様を愛して賛美し、
隣人のことも深く愛するようになったのです。人々の間には愛が広く
浸透してゆきました。

そして、人々に愛された神様は、こういいました。
「人が神と隣人を愛するところに、神の愛もまたあるのだ」と。

・主題
3者を繋ぐものは、愛。ところで、その起源は果たしてどれか。
卵が先か、鶏が先か。

私が大学の研究室に入った当初、Nature誌上にひとつの科学論文を目に
しました。
「DNA、RNA、タンパク質。生命誕生の暁には、これらの要素が素材として
地球上に存在したことに間違いないであろうが、遺伝的形質をもった生命が
誕生するにあたっては、DNAよりも先にRNAがその役割を担うようになった」。
論拠は憶えていませんが、まあ、一つの仮説、推論の域は出ていなかったと
思います。

科学の世界ではいざ知らず、人の世で大事なのは「真理」。人が神を創った
のか、神が人を創ったのか、そんなことはどうでもよいのです。そんなものは
ただの形而上学。そして、こと真理に関して一人の人間としてできることは、
イエスの先の言葉に集約されていますよね。

マタイによる福音書22章36節~40節
「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。

「神を愛する」などというといかつく感じるし、誤解する人もいるようだけれど、
ようするに「真理を理解して、この世に生まれたことに感謝して生きる」ということ
ですよね。

コメント (2)

もも:

読んでいるうちにEVAを見たくなりました(笑)生まれてきたことに感謝して生きる・・簡単そうで難しい事ですね。自分を愛するように他人を愛する・・これも又難しい。自分を愛していないと他人は愛せないのでしょうか?

BAC:

ももさん
久しぶりのコメント、ありがとうございます。
ホント、言うは易し、行なうは難し。愛は観念になってしまうと、成就するめに葛藤が生まれますよね。愛に先立って、まずは理解しなければならないと思います。自分を、そして他人を。

evangelすなわち福音。
もうひとつエヴァネタで書いてみようと思います。

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