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書評ブログ

ちょっとくせのある、こんな書評ブログがある。
その中から、読書の心得について、すこしばかり引用。

 つまり、目的を念頭において、本はいつ放り投げてもいい、という心づもりで読む。ただし、読んでる最中に目的が変わってくる、というのはアリ。小説がこの場合に当てはまるが、書き手に連れられた先が思いもよらなかった、というのもまた幸せな体験だろ。

 この「目的」は、読み始める前までに、2つの「なぜ」に答えられるようにする。

   1. なぜ「いま」読むのか
   2. なぜ「わたし」が読むのか

 よく1. が注目されるが、ホントは2. の方が重要だったりする。「いま」読む理由のNo.1は→「いま読みたいから」だろ。「いま」その知識が必要だから、「いま」が旬の小説だから… 昨日何でもいいが、理由はそこしかない。

 重要なのは2.、つまり「わたし」が読みたい理由をハッキリさせる。それが明確でないうちは、その本は読まなくてもいい。つまり、誰か他の人に読 んでもらって、レビューなりレジュメなりをあてこんでおけばいい。「その著者の作品が好きだから」が理由No.1だろうが、そればかりだと読む本がどんど ん限られてきて血のめぐりが悪くなる。自分が知らない、でも自分が読んだら面白いと思える本――そう確信が得られたら、「わたし」が読む理由になる。

冷静に自分を分析すると、自分自身は、ある文脈のなかにあることに
気づく。自分の目に留まるものは、その延長線上にあるものと言っても
よい。だから、上記の自問自答は、読書に限らず、自分のこれから(現在)
の行動全般において意義のあることだ。

そして、ブログは次のように続ける。

 実はこれ、矛盾してる。わたしが面白いと思う本こそ、次に読む本。しかし、その本が面白いかどうかは、読んでみないと分からない。知らない本をどうやって「知る」のか?

知らない本を「知る」方法

 まず自力、それは「多読」。スゴ本もクソ本も肥やしになる。良書も悪書も関係なくどんどん読む。一定の量をこなさないと「読む前に知る」ことはできない。選本眼こそ量は質に転換する典型的な例。ただし、クソ本ばかり「選んで」読んでても質に転換しないのでご注意を。良いクソと悪いクソの区別がつくだけ。つまり、量を質に転換するためには自分"だけ"で選本してたらムリで、他人の評をいったんは鵜呑みにして読むことが必要。

 次は他力、つまりメディアから見つける。朝日日曜版もオーソドックスだけど、BS週間ブックレビュー[参考]も 定番やね。メディアの書評で大切なのは、「本ではなく人を選ぶ」こと。本を探す前に人を探す。自分のストライクゾーンに投げこんでくるレビューアーを見つ ける。いったん鵜呑みにして目ぇつぶって手にしてみるしかないが、うんこ書評家はちゃんと覚えておくこと。そしてその人が勧める本は蛇のように避ける。

 最後は集合知、みんなの意見は案外正しい、ただし、「みんな」をどう定義するかによる。川上弘美が好きな「みんな」が勧めるなら、わたしにとって案外正しい。ただし、この「みんな」は世間一般ではない。理由は…川上弘美だから(わたしは好きだけど、やっぱりね)。集合知は「はてな」が最適。好きな本を適当に投げ込んで、そいつを気に入っている「みんな」を探す。こんなカンジに→「センセイの鞄」を含む日記[参照]。そして「みんな」の複数が指している次の本をかたっぱしから試読するんだ。そこで人の取捨選択をして「みんな」をブラッシュアップしていく。

自分が素通りしてしまおうとするものにも、それはそれで理由がある。
それを明らかにするためにも、気乗りしないものにもある程度触れて
みる必要が在ると思う。そういうものにも、己を知る何らかの手がかりが
あるものだ。というより、そういうものの中にこそ、大事な事が隠されて
いるものだ。

知らないものを知ることは、なかなかに難しい。
私の場合の順番は次の通り。

まずは勇気を出して聞いてみること(他力)、いろいろな声に耳を傾けて
情報収集すること(集合知)、そしてなにより、自分でやってみること(自力)。

やってみると、意外な発見があって、実におもしろい。

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