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ユダの福音書

ちょっと興味が湧いたので、読んでみた。
本の概略はM_Kさんのブログ、「読んだり書いたり」によくまとめられて
いるので、どうぞ。

ユダという人は、イエスの弟子にして、イエスをユダヤ教の司祭たちに
売り渡した人として聖書に描かれており、裏切り者の代名詞として
使われる。一方で、イエスをキリストたらしめる十字架に導いた人として、
肯定的に捉える人もいるようだ。
このユダの福音書では後者を支持し、さらにはユダがヒーローとして
描かれている。

なお、私はいわゆるキリスト教徒ではないし、キリスト教の教義や異端
思想について詳しいわけでもないので、ここでは純粋に一読した感想を
述べることにする。

私の見方をまず明らかにすると、イエスは自らをいけにえにしてキリストと
なったわけではないであろう、ということだ。
どういう事かというと、キリストの十字架は死を恐れずに自らを犠牲とした人の、
象徴のようにはなっているけれど、それは本意ではないはずだ。そうではなく、
イエスのキリストたるゆえんは、真理にかなった生き方をした人間は、
たとえ肉体が滅んでも、霊魂は次の世代の心を通じて復活するということを
示したことにあるのではないか。自己犠牲は決して無駄ではないということを。
ただし、重要なのは、自己犠牲は目的ではない、ということだ。自己犠牲を
目的として命を落とすとき、その行いには神聖さの輝きが失われる。
そして、偽善の香りが・・・。
だから、イエスがユダにほのめかして十字架にかかったとするならば、
直ちにキリストとしてのあるべき姿が崩れ去る・・・。イエスは十字架によって
ではなく、言葉の深さと、人格的調和と、そして「愛」によってキリストとなった
のだ。

と、ここまではユダの福音書の全体について否定的なことを書き連ねたが、
実は各部分についてみれば、真実が書かれているように感じて、感銘も
受けたのだ。2点挙げると。

1.ユダの福音書ではイエスが語るシーンは、しばしば微笑みと共にある。

たとえば、このような記述がある。

「イエスは弟子たちと、この世を超えた神秘について、また終わりに起こることについて話し始めた。しばしばイエスはそのままの姿で弟子たちの前には現れず、一人の子供として弟子たちの中にいた。」

「イエスはこれを聞いて、笑って言った。『なぜあなたがたは心の中で、力ある聖なる世代のことを考えているのか。・・・』」

福音書では、イエスは「心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国に
はいることはできないであろう。」と語っているけれど、このようにイエス自身を
幼な子として描写した表現はとても新鮮だ。調和のとれた人物は無邪気で
快活な微笑を湛えているものだけれど、ユダの福音書からもイエスが微笑み
かける姿がありありと伝わってくる。

2.黙示的に記される記述は、多神教的。

そこに描かれる神話には幻想的な神々が登場する。ところが、一神教である
キリスト教と必ずしも相反する印象は与えない。というのも福音書では「心を
つくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ
という表現がある。この表現の示唆するところは、人に与えられた天分は
それぞれ異なっており、従って、神の感じられ方も人それぞれということだ。
いわば、この世は多神教的に成り立っている。
一方で、福音書のイエスの言葉には「わたしは道であり、真理であり、命である。
だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」とある。
これをもって、キリスト教は一神教としているわけだけれど、その意味を曲解
しているクリスチャンもいるのではないかと思う。むしろ次に続く言葉を正しく
理解するべきだ。「もしあなたがたがわたしを知っていたならば、わたしの父をも
知ったであろう。」つまり、イエスの言葉と行為の普遍的正当性を理解できる人は、
イエスの神を理解しているということだ。

一神教についての興味深い記事がこちらにあるのでどうぞ。


今回は数日かけて、がんばって書きました。
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コメント (3)

M_K:

トラックバックありがとうございます。文明開化以来、日本が範としてきた欧米の奉じる基督教と、先の大戦で自ら換骨奪胎して自壊させてしまった神道とを、史実を武器に知的に格闘してみることは、歴史の転換点である今、非常に有意義かつ興味深いことだと思っています。一神教の多神教的理解の豊かな可能性と多神教の一神教的理解の悲劇的な末路は、言葉遊びを超えて重大だと思う小生です。そんな視点から『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読むと、今まさに鉄の檻から出る鍵を人類は手にしつつあるのかもなあ、と思わされます。おすすめです。

M_K:

エントリーごとに毎回変わるBACさんのクリックお願いしますコメント、いいですね。毎回、納得して押しちゃいます。

BAC:

なるほど。私は「プロ倫」は読みかけのままペンディング状態なんですが、折を見てじっくり読んでみたいと思います。

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