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勉強

こんな記事が目に留まった。

人は何のために勉強するのか。

食べてゆくため?
確かに、生きていくためには何か仕事をして、お金を得なくては
ならない。だから、スキルを身に付けるための勉強は必要だ。

でも、ここでいうのは、そういう狭い意味での勉強ではない。
ここでいう勉強とは、人の想いを知ることだ。

人の心を知ること。

それは、自分のため?それとも世の中のため?

答えは、そのどちらでもない。
勉強は手段でもなければ、目的でもない。

素直な感受性を以って世の事柄に接して勉強すれば、自ずと
人の想いがわかるようになる。
そして、人の想いを理解すれば、自ずともっと勉強しなければ
ならないと思うようになる。

そのようにして、人の想いを知る感受性と、勉強することとは
輪になってつながっている。

私は常々思うのだが、人は勉強を教えることが出来ない。なぜなら、
学びはその人の心次第だからだ。結局のところ、当人の感受性と
意欲がなければ、勉強することはできないのだ。
周りの人間に出来ることは、心と学びの輪を繋げるお手伝いだけ。

そして、その方法は唯一つ、自らの生き方を示すことより他にない。

勉強とは生きることそのものなのだ。

「独り、生き、学ぶ。それは素晴らしいこと。」

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コメント (3)

電気 3五郎(改):

なんかさいきんの記事はノリにノッテますね・・テンポいいよ~。
がんがってくださいね!

シニア:

先程は「ももさん」との足踏みチャット、楽しかったです、ありがとうございました。
あれは、私 シニアだったのです。
さて「勉強」・・、実はシニアも「教育(芸術系)」にいささか関わっておりますので、
引き続きちょっとお邪魔致します。

芸術系での教える立場としては、知識・技法は言葉で伝える事は出来ますが、
その発信源である「人の想い」のありかは、隣にいる者が「想い」を強く深く持って接するしかない、と私も経験から思います。
発端は何でも良い、興味を持ってくれさえすれば「知りたい・体験したい」と
意欲や興味が循環の輪を廻し始めますから。
「人って凄いもの創るでしょ。面白いでしょ」というビームを出す!
とてもエネルギーが必要ですが、自身への刺激でもあり、
それこそ私の勉強の場でもあり時間です。
そして生徒は正直にそれを感じてますね。怖いほどです。

でも 最近の子供に関しては、意欲そのものの容量が少ないと感じます。
親が芸術系はただの習い事としてしか思ってないからかしら。
確かに「飯のたね」にはならないし。
一番「人の想い」と直結しているのに・・。

BAC:

シニアさん
コメントありがとうございます。教育関係のお仕事をされているのですね!
適切な形で意欲を持つことって難しいですよね。単に熱中することは、意欲とはちょっと違う気もするし、つまらない感情や考えにとらわれていても、単に煽られたのでも、意欲は持てない。
自発性を促せるよい先生になるって、難しいなと思います。

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