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偶然を廃棄せよ!

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言語ゲーム

哲学者ウィトゲンシュタインは、人生とは、語られうる限りの
言葉を実体験として踏んでいくプロセスである、ということを
魂を削って論理的に語りつくそうとした人らしい。
この人の代表的な著作「論理哲学論考」の冒頭と末尾の
一文を紹介。

一            世界は成立していることがらの総体である。
一・一       世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
一・二       世界は諸事実によって、そしてそれが事実のすべてであることに
                よって、規定されている。



六・五四    私を理解する人は、私の命題を通り抜けーその上に立ちーそれを
                乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。
                そのようにして私の諸命題は 解明を行う。(いわば、梯子を
                のぼりきった者は梯子を投げ棄てねばならない。)
                私の諸命題を葬りさること。そのとき世界を正しく見るだろう。
七            語りえぬものについては、沈黙せねばならない。

構成がものすごく独特です。間にどのようなことが書かれているのか興味を
そそるでしょう?
六・五四はこのブログコンセプトにも通じるものがあることにお気づきでしょう。
入門にはこちらの著作をすすめます。

ところで中島みゆきも「命の別名」という曲の中で次のように歌っている。

知らない言葉を覚えるたびに 僕らは大人に近くなる
けれど最後まで覚えられない 言葉もきっとある

何かの足しにもなれずに生きて 何にもなれずに消えてゆく
僕がいることを喜ぶ人が どこかにいてほしい

・・・まあ、ここまで感傷的になっているわけでもないのだけれど、
栄えある暖かい言葉をたくさん覚えることのできる人は幸せだと思う。